
伊藤宏一の“パーソナルファイナンスの日本的方法”
<第8回:渡辺崋山の八訓八勿(はちくんはちぶつ)― 企業を見る目>
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講師:伊藤宏一(千葉商科大学大学院教授) |
いわゆる「蛮社の獄」で有名な渡辺崋山は、江戸後期の寛政5(1793)年9月16日江戸麹町の田原藩上屋敷に生まれました。田原藩は譜代1万2千石の小藩で、渡辺家も家計事情が厳しく、崋山は病身の父、老祖母、8人の子どもを抱える気丈な母を助け、幼い時から非常な苦労を重ねて勉強と絵画にはげみ、努力し40歳の時に江戸家老となりました。
そんな崋山は、8才から藩の若君お相手として仕え、13才の頃藩の儒学者である鷹見星皐(たかみせいこう)につき、また幕府の昌平坂学問所を預かっていた佐藤一斎に学んで朱子学・陽明学を極め、更に蘭学による西洋事情の研究に進みました。このうち佐藤一斎の教えは、朱子学を超え、陽明学的な要素をもっていました。彼の『言志後録(げんしこうろく)』には、こんな言葉が書いてあります。「君子とは、良心を発揮するだけで満足できる人である。小人とは、打算や見栄で動く者である。だがそれは自分で自分の心を裏切っていることになる。」こんな精神を若い崋山は学んだのでしょう。
田原藩の家老となった天保3(1832)年に飢饉に備えたリスクマネジメントとして『報民倉(ほうみんそう)』という食糧備蓄庫を築き、『凶荒心得帳』という対応手引書を用意し、綱紀粛正と倹約を徹底させました。このおかげで天保7(1836)年から翌年に起こった「天保の大飢饉」の際、藩内から一人も餓死者を出さず、幕府から唯一表彰されました。この背景には、同じ「蛮社の獄」に連座した高野長英らとかねてから飢饉対策を論じ、ジャガイモと蕎麦を活用する『救荒二物考(きゅうこうにぶつこう)』の出版に関わるなどの、準備があったからだと言われています。
さて、その崋山が商人のあり方について書いた「商人八訓」というものがあります。
- 一 先ず朝は、召使より早く起きよ
- 二 十両の客より百文の客を大切にせよ
- 三 買い手が気に入らず、返しに来たならば、売る時より丁寧にせよ
- 四 繁盛するに従って、益々倹約せよ
- 五 小遣いは一文より記せ
- 六 開店のときを忘れるな
- 七 同商売が近所にできたら懇意を厚くして互いに勤めよ
- 八 出店を開いたら、三ヵ年は食料を送れ
二は購入金額の多い少ないでお客様を区別してはならないということです。三はお客様のクレームこそ丁寧に対応し、災い転じて福となせ、四はうまくいっているからといって驕らず大盤振る舞いしてはならない、五は少額からきちんとお金の管理をしろ、六は志を立てた創業時の初心を忘れるな、七は同業者とは懇意になれ、八は自分の店にいた人が商売を始めたら三年間は支援しろ、ということですね。確かにこうした心得があれば、商売はうまくいくと思います。ところで崋山には更に人との交渉のポイントを説いた「八勿(はちぶつ)」というものもあります。
- 一 面後の情に常を忘れるなかれ
- 二 眼前の繰廻しに百年の計を忘れるなかれ
- 三 前面の功を期して後面の費を忘れるなかれ
- 四 大功は緩にあり機会は急にありということを忘れるなかれ
- 五 面は冷なるを欲し背は暖を欲すると云うを忘れるなかれ
- 六 挙動を慎み其恒をみらるるなかれ
- 七 人を欺かんとするものは人に欺かる 不欺は即不欺己(ふぎはすなわちおのれをあざむかず)ということを忘れるなかれ
- 八 基立て物従う基は心の実という事を忘れるなかれ
一は、情に溺れず冷静に対応せよ、二は目先のやりくりばかりに気をとられて長期の計画や展望を忘れるな、三は見かけの華美で派手な功にとらわれて算盤があっているかどうか浪費しているかどうかを忘れてはいけない、四はじっくりコツコツと積み上げて大功を得ると同時に、チャンスの兆しを逃がしてはならない、五は冷静な頭と熱い心を持つことを忘れるな、六は行動は慎重にして心の底を見透かされないように、七は人をだまそうとすれば自分もだまされるを忘れるな、八は誠実な心があってこその基本方針であり、誠実な心でこそ物事が動く。
バブルやリーマン・ショックの後で、これらの言葉を読むと、胸に染みいるものを感じます。顧客とは金額が少なくとも一人であっても丁寧に接し、一時の成功に浮かれず長期の大計を考え、浪費をせず誠実に仕事をすること、つまり顧客本位、長期的利益、倫理観あるビジネス追求、経営者のリーダーシップ、同業者や社員との連携、といったことは、ウォール街流のグリード(強欲)追求の対極にあるコンセプトであり、今日の国際経済・日本経済に極めて必要なモデルだからです。最近はESG(※)経営・投資、環境・社会・ガバナンスに配慮した経営・投資ということが言われていますが、崋山の言葉は、特に社会・ガバナンスという点で、ESGの先駆という評価をすることもできるのではないでしょうか。
企業や投資を考える場合、その対象となる企業の経営者や社員の行動が、こうした崋山の言葉に合ったものなのか、そうでないのかを見極めることは、今日、重要になっているのではないかと思います。
※environmental(環境),social(社会),governance(企業統治)の頭文字
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伊藤宏一(いとうこういち) |
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千葉商科大学大学院教授。税理士、CFP®認定者・日本FP協会常務理事、株式会社ポラーノ・コンサルティング代表、税理士、ファイナンシャル・プランナーとして、企業・労働組合などでライフプランセミナー・個人相談を実施するかたわら、講演、金融機関などのセミナー、雑誌・新聞などの執筆、テレビ・ラジオなどに出演。 主な著書・論文に『ライフプランニングー理論と実例』(2007年セールス手帖社)、『金融商品なんでも百科』(平成20年度版 監修 金融広報中央委員会)、『独立投資家宣言』(共著日経BP社)、『なる本FP』新訂版(2009年7月 週間住宅新聞社)、など。 |
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